キャンベルの不感症を治す話

「不感症……ねえ。」

夜更け。個室のベッドに腰掛けて、向かい合う男が2人。
いい雰囲気になったところで、キャンベルの口から思わぬワードが飛び出してきた。

「……そういうことだから、僕のことは気にしないで。貴方だけ気持ち良くなっていい。どうせ僕は何も感じないんだから。」

吐き捨てるようにそんなことを言うキャンベルを見て、隣に座るホセは大きなため息をついた。

「そういうのはよくないな。セックスというのはお互いが気持ちよくならなきゃ意味がない。独りよがりじゃあ自慰と同じさ。」

自慰と同じって……そんなことを言ったってどうしようもないじゃないか。とキャンベルの眉間にシワが寄る。

「治せるよ。」

ホセが名案を称えるように言った。

「催眠療法ってやつさ。」
「え、な……なに?」

聞き慣れぬ言葉にキャンベルは思わず問い返した。
催眠術?まさか! この男は何を言っているのだ!? しかしホセは至極真面目だった。

「大丈夫、この私に任せてくれたまえよ。」

そう言うとホセはチャラリ、と音を立て、お馴染みの懐中時計を取り出した。そしてそれを指先で弄びながらつらつらと語り始めた。

「不感症の主な原因としては、過去のトラウマによる心因性のものと、脳機能の障害によるものがある。前者は後天的なもので、例えば事故などで強いショックを受けたりすると起こり得るものだね。」

それを聞いたキャンベルの肩が僅かに震えたのを、ホセは見逃さなかった。

「さて、今回は……時計は必要ないかもしれないな。では早速始めようか。……君の身体に触れてもいいかな?」

少し考えたのち、不安そうな表情を浮かべたキャンベルは、無言のまま小さく首を縦に振った。
ホセはそれを了承の意として受け取ると、ゆっくりとした動作で彼の腰に手を伸ばしていった。
その手つきはとても優しく、まるで壊れ物を扱うかのように丁寧だ。

唯一外気に晒されている腕に触れ、そのまま滑るように太股へと移動していく。
脚の付け根まで辿り着くと、今度は掌全体で包み込むようにして撫で上げる。
普通ならここで身動ぎの一つでもするものだが、キャンベルは普段のスーンとした顔を崩さなかった。

「わ、本当に感じないんだなあ!」

「だから言ったじゃないですか。」

ホセは余りの反応のなさに感嘆の声を上げた。

一方キャンベルの方はというと、こんなにも他人に触られるなんて初めてのことで、緊張しているのか視線が落ち着かない様子である。

ホセの手はいつの間にかキャンベルの首元へと移動していた。
薄汚れたシャツのボタンに手を掛けると、一つ一つ丁寧に外していった。
胸板が露になると、そこにそっと触れていく。

首から鎖骨にかけて手を這わせていき、胸筋の形を確かめるように揉みしだいていく。
その間キャンベルは何とも言えない顔をしながらじっとしていた。
首筋に顔を寄せ、ちゅ、ちゅ、と口付けを繰り返される。

「気持ちいいかい?」

は……?

何を言い出すんだ。そんなことあるわけないだろう。
バーデンさんもさっきの僕の反応を見て分かった筈だ。なのに何故わざわざそんな事を聞くのか。

しかし彼は愛撫を止めようとしなかった。
ホセの唇が肌に触れるが、正直、快感など感じない。
そしてその度に、先程と同じ質問を投げかけられる。

「気持ちいいかい?」

「…………」

答えられない。
だってそんな訳がない。
ただくすぐったいというだけだ。
何も言わずに黙っていると、ホセはすっと身を引き、離れていった。

「何も答えないなら止めるよ。」

「えっ………」

唐突な言葉に、キャンベルは戸惑いの色を見せた。
いや、別に、嫌というわけではないのだが、もっと続けて欲しいとは言いづらい。

「嘘でもいいからさ、気持ちいいって言ってごらんよ。」

「…………そんな事に何の意味が?」

黒い瞳がじと……とホセを見つめる。
彼は一体何をしようとしているのか?

「声に出すことが大事なんだよ。」


***


催眠とは、即ち『自己暗示』である。

キャンベルの脳に「今している行為は気持ちのいいことなんだ」と認識させることによって、実際に快感を得られるようになるのだという。

「気持ちいいかい?」

ホセは愛撫をする度に、キャンベルへ問いかけた。
嫌がったり、何も返事がなければ行為を中断する。そしてまた同じ言葉を繰り返すのだ。

ベッドに横たわったキャンベルは、ホセに触られるたび「気持ちいい」と声に出した。
実際はそんな事ないのに。

首、胸、脇腹、太股。
繰り返し、繰り返し、何度も、何度も問いかけられては返した。
そうして根気強く、嫌になるほど続けていった。

次第にキャンベルに変化が現れた。

最初はただ触れられるだけで鳥肌を立てていただけだったのに、今ではほんの少しだけ、ぴくりと身体を震わせるようになっていた。
ホセはその変化を確認すると、更に続けた。

そしてついに、その時が来た。
胸の突起をくに、と押し潰した時、キャンベルは小さく吐息のような声を出したのだ。
それは今まで聞いたことのない、甘く艶やかなものだった。

ホセは思わず動きを止めると、まじまじとその様子を見下ろした。

当の本人は自分の口から漏れ出た声に気付いていないようで、組み敷かれたままホセを見上げている。

シャツのボタンはすっかり外されていて、曝け出された厚い胸板と腹筋には、じっとりと汗が浮かんでいる。
ホセは再び手を伸ばすと、今度は明確な意図を持ってそこを刺激し始めた。
くにくにと指先で摘んで捏ねたり、押し潰したり、爪で引っ掻いたり。
するとキャンベルの表情は崩れ、悩ましげに表情を歪めた。

そして再び甘い吐息が漏れた。
自分でもその反応に気付いたようで、キャンベルはハッとした表情で口を塞いだ。

ホセはその様子を見て満足げに微笑むと、呟いた。

「気持ちいい?」

「え………あ……あ、」

キャンベルは信じられないといった様子で、困惑した表情を浮かべた。

どうしよう。こんなの知らない。
感じたのか?今、僕が?

彼の脳内では混乱と羞恥心が入り交じり、ぐちゃぐちゃになっていた。
ホセの問い掛けに対して否定も肯定も出来ず、キャンベルはただ黙り込んだ。

「……何も言わないなら止めるよ?」 

止めて欲しくない。でも素直に認めるのは恥ずかしい。
キャンベルは暫く視線を彷徨わせた後、意を決するようにホセの目を見た。

「き、きもちい……です……」

「うん。よく言えたねえ」

ホセは嬉しそうな笑顔を見せると、
キャンベルの額にキスの雨を降らせた。
当の本人はそれを気まずそうな顔で受け入れていたが、その頬は僅かに紅潮していた。

「じゃあ、今度はこっちを触ってみようか。」

ホセの手はゆっくりと下腹部へと伸びていき、ズボンに手をかけた。
片手で器用にボタンを外され、キャンベルの心臓がドキリと跳ね上がる。

ズボンのチャックを下ろされると、下着越しに性器へと触れられた。
未だ反応を示していないそこは、柔らかいままだった。
ホセは優しく撫ぜるように触れていく。

「気持ちいい?」

「………気持ちいいです。」

最初に脚の付け根を触られた時は、本当に何も感じなかった。
しかし今は、自分でもよく分からなくなってきている。
先程自分の喉から漏れた吐息が頭から離れない。

「ここも気持ちいいんだよね?ほら、こうやって触るとさ……」

「っ……」

ホセの手が股間に触れる度、腰の奥からぞわぞわする感覚に襲われる。

指先ですりすりと撫でられたかと思うと、今度は掌全体で包み込むように揉まれる。
布地が擦れる度に、じわりと熱が溜まるような気がした。
頭がぼーっとしてくる。

いつの間にか、キャンベルは無意識のうちに膝頭を閉じ、ホセの手を太腿の間に挟み込んでいた。
その行動にホセは思わず笑うと、わざとらしく問いかけた。

「どうした?キャンベル。気持ちいいのかい?」

「え、あ…………う………?えっと……」

自分の身体の勝手な行動に戸惑う。
気持ちいい?気持ちいいのだろうか……?
キャンベルは戸惑いながら、おずおずと答えた。

「気持ちい、いって、いうか……何か、変です……。」

ホセはキャンベルの言葉を聞くと、目を細めて笑った。

そしてそのまま手の動きを再開すると、再びキャンベルに質問を投げかけた。
もう何度目かも分からないやりとりだった。

じっくり時間をかけ、やわやわと刺激を与えられて、キャンベルの頭は働かなくなってきていた。
ぼーっとした意識の中で、ひたすら問いかけに答えている。

次第に、ホセの手が動く度に、キャンベルの口からは吐息が漏れだした。
最初はもぞもぞと身動ぎしていたが、やがて身体を震わせ始めた。
ホセはその様子をじっと見つめる。

そしてとうとう、キャンベルの口からはっきりとした声が上がった。
それは今まで聞いたことのない声色で、艶めかしくて、それでいてどこか幼かった。

ホセは一瞬動きを止めると、キャンベルの顔を見下ろした。
彼は両手を口に当て、必死に声を抑えようとしていた。
しかしその表情は明らかに快楽に染まっており、瞳には涙が滲んでいた。
ホセはごくりと喉を鳴らし、問いかける。

「……気持ちいいかい?」

困惑の表情のまま、目を見開き、口を両手で覆ったキャンベルは、何も言わずにただ首をこくこくと縦に振った。
とりあえず口に出したものではない、本心からの返事だ。

ホセは嬉しそうに口元を緩めると、キャンベルの唇に顔を寄せた。
そして、そっとキスをした。触れるだけの優しいキス。
キャンベルは驚いた表情でホセを見た。

ホセはその表情を見て少し笑うと、再び顔を近づけた。
そして今度は唇を喰むようにして、何度も啄む。
舌先でぺろりとその薄い皮膚を舐めた。

するとキャンベルの方からも恐る恐るという様子ではあったが、ホセの真似をして彼の唇を食み始めた。
お互いの唾液で濡れたそこを、角度を変えつつ何度も吸い付く。
ホセの髭が当たってくすぐったいが、すぐに気にならなくなった。

キャンベルはホセの首の後ろに腕を伸ばすと、自分から更に深く口付けた。
ホセはそれに答えるように、彼の腰に手を回して抱き寄せる。
暫くそうしているうちに、どちらからともなく口を離すと、二人の間に糸が伝った。
キャンベルはぼんやりとした頭で、目の前の男を眺めていた。

「気持ちいいね。」

ホセは優しく微笑んで言った。
その言葉に、キャンベルは小さく頷き返事を返した。 

「……信じられない。」

そして、呆然と呟いた。

まさか自分がこんなにも興奮しているなんて。夢でも見ているのだろうか?
未だに信じられないといった顔つきで、半身を起こし自分の下腹部をまじまじと見つめる。
そこには先程までとは打って変わって、下着の中でゆるく反応した陰茎がひく、ひくと震えていた。

「いやあ、頑張った甲斐があったね。」

ホセは満足げに笑うと、キャンベルの下着ごとずるりとズボンを剥いだ。
外気に晒されたそこは、完全に勃ち上がってこそはいないものの、確実に快感を拾い上げており、しっかりと芯を持っていた。

ホセはキャンベルの胸をトンと押し倒すと、その上に覆い被さるように跨った。
そしておもむろに自分のシャツを脱ぐと、それを床へと放り投げた。

鍛えられた上半身が露わになる。身体の至る所に傷跡が残っていたが、美しささえ感じさせるものだった。
ホセは鉄の手でぺた、とキャンベルの胸元に触れた。
突然冷たい感覚に襲われ、キャンベルはびくりとする。
ホセはゆっくりと手を動かすと、キャンベルの乳首に触れ、指先で転がすように触れる。

「ここも気持ちいいんだっけ?」

先程の行為を覚えている癖に、わざと尋ねるような口調で聞いてくる。
キャンベルはじと……と咎めるような目をしつつも返事をした。

ホセはそんな彼を愛おしそうに見下ろすと、再びそこに手を伸ばした。

片方は冷たい鉄の親指と人差し指できゅっと摘まれ、もう片方にはぬめった熱いものが這う。
キャンベルは思わず小さな声を上げた。
ちゅ、と音を立てながら、ホセはキャンベルの胸にしゃぶりついたのだ。

生暖かい舌が、固く尖らせた先端を撫でると、キャンベルは身を捩った。
同時に片方の突起も、硬い指でぐにぐにと押し潰される。
ホセは口の中のものを舌先で弄ぶと、軽く歯を立てた。
そしてそのまま強く吸われる。

「う、わ………っ」

ぞく、と背筋を駆け上がる刺激。
キャンベルは逃げるように身体を動かした。
しかし、それはホセによって押さえつけられる。
ホセはしつこいくらいに、執拗にそこを攻め立てた。

「ちょっ……と……!」

キャンベルは必死に声を抑える。
ホセは一度そこから口を離すと、今度は反対の方に吸い付いた。
そして同じように、舐め回し、甘噛みをする。
ふうふうとキャンベルの息が荒くなる。ホセはその様子を上目遣いで確認し、行為を続けた。

「気持ちいい?」
「…っ、気持ちいい、気持ちいいから、」

言い終わらないうちに、ホセの硬い指が片方の突起を押し潰した。
ぐり、と刺激されると、キャンベルの口から喘ぎが上がる。

「こっちは?」
「き、気持ちい………」

襲ってくる快楽に耐えながら、なんとか返事をする。ふう、ふう、とキャンベルの息はすっかり荒くなってきていた。

「じゃあ、これはどうだい。」

ホセは再び舌で触れ、今度は唇で食むようにして、ちゅうう、と強めの刺激を与えた。

「うわ、そ、れ………」

今まで味わったことのない感覚がキャンベルを襲う。
ぞわり、と背中が粟立つ。

「気持ちいいね?」

キャンベルは返事も出来ないままコクリコクリとひたすら首を縦に振った。

ホセは何度も何度もそこを舐めたり噛んだりした。
その度にキャンベルの身体が揺れる。

暫くすると、ホセは胸元から顔を離した。
執拗に攻められたそこはぷっくりと赤く腫れて、唾液でてらついている。

ホセは満足そうに微笑み、その唾液を塗り広げるかのように、両手でキャンベルの胸を揉みしだく。

「……遊ばないでもらえます?」

いつの間にかキャンベルは顔を腕で覆っているが、その隙間からははっきりと紅潮した肌が見えた。
ホセの手の動きに合わせて、キャンベルの喉の奥から掠れた吐息のような音が漏れる。

ホセはその様子を確認すると、ゆっくりとキャンベルの下腹部へと手を伸ばした。

「勃ってるよ。」

「え、」

言われてから初めて気がついたのか、キャンベルは自分の下半身に視線を落とした。
そして驚いた表情を見せる。

先程までは半勃ち程度だったそこは、今や完全に勃ち上がっていた。

「よかったねえ。」


ホセはキャンベルの腹の上に跨がったまま、自分のズボンのボタンに手をかけた。
そしてそれを脱ぐと、下着と一緒に放り投げる。

既に硬く張り詰めたそれが露わになった。
キャンベルのそれより小さいものの、形が整っている。
ホセは温もりのある手でキャンベルのそれを掴むと、自分のものと擦り合わせた。

ずり……と擦れ合い、お互いの熱が伝わる。
ホセは腰を動かすと、二つの陰茎をまとめて掴んだ。
そしてその手を上下に動かし始める。

「っ……!」

キャンベルは声にならない悲鳴を上げた。

熱い。熱い。
先走りが混じり合い、二人のそれを濡らす。

「ははっ……これ、やらしいなあ……。」

ホセは興奮を抑えきれないといった様子で呟き、ゆるく手を動かし続ける。
ぐちぐちと下品な水音を部屋に響かせながら、互いのものが絡み合う。

キャンベルは快感に身悶えた。ホセの指が裏筋に触れる度、びくりと跳ねてしまう。
ホセは更に激しく手を上下させた。

キャンベルは身体中に走る甘い痺れに耐えるように、ぎゅっと目を瞑った。
ホセはキャンベルの耳元で囁く。

「イけそうかい? 」

キャンベルがこく、と小さくうなずくと、ホセは少しだけ動きを早めた。
ぬちゃぬちゃという水音が大きくなる。

「──は、っ……………ッ」

高みへ登り始めたキャンベルは必死に声を殺した。
そしてホセが一際強く握ると同時、ついにキャンベルはその手のひらの中に精を放った。

勢いこそ無いものの、どぷ……どぷ……と白濁した液体が溢れ出す。

「…………っあ……っ……」

一瞬遅れて、ホセも絶頂を迎えた。
キャンベルの出したそれと混ざり合って、どろり……と流れ出る。

「はっ…………は…………」

ホセは肩で息をしながら、キャンベルの顔を見た。

キャンベルはぜーっ、ぜーっ、と荒い呼吸をしつつ、涙を浮かべ、口を開けている。
ホセは満足そうに笑った。
そして額に顔を寄せ、ちゅ、とキスをした。

「お疲れ様。」

キャンベルはぼーっとした様子で、視線だけをホセに寄越した。

「よく頑張ったね。」

ホセはキャンベルの呼吸が落ち着くのを見計らうと、彼の上から退いた。

そしてベッド脇に置いてあったティッシュ箱を手に取り、数枚引き抜いて、べっとりと汚れてしまったキャンベルの腹と性器周りを拭いてやる。
一方キャンベルはまだ動けずにいる。
暫くしてようやく落ち着いたのか、大きな息をついてゆっくりと起き上がった。

「大丈夫?」

「……ええ……。」

「シャワー浴びる?」

「……いえ……。」

「じゃあ寝る?」

ホセが尋ねると、キャンベルは黙ってうなずいた。
ホセも同じく頷くと、ベッドに寝そべり、空いてるスペースをポンポン、と叩いた。

キャンベルは言われた通りそこに大きな身体を滑り込ませる。
ホセは何も言わずにキャンベルの背中をさすり始めた。


「あの、」

暫くすると、キャンベルが口を開いた。

「……ありがとうございました。」

「どう致しまして。」

ホセは背中をさすり続けながら応える。

「その、気持ちよかったです……。」

キャンベルは問いかけに答える形ではなく、自発的にそう言葉にした。

「それは良かった。」


「…………あの」

「ん。」

「また、お願いしても……いいですか。」

ホセの手が止まる。そして、ふっ、と笑みを溢した。

「もちろん。」

ホセは再びキャンベルの背を撫で始めた。
キャンベルは心地よさそうにその手に身を任せて、静かに眠りについた。