現パロのホセノト

バレンタインイベントで客としてやってきたキャンベルの設定が可愛かったのでそれを元にした現パロ
来る日も来る日も、キャンベルは仕事に明け暮れていた。
坑道で石を掘っているだけではとても生活出来ない。
休みの日は別の仕事場に行っているし、夜になればバーで皿洗いだ。
それだけ必死になって働いても、硬くてまずいパンにしかありつけなかった。
いつかこの生活から抜け出したい。
それだけを考えて、毎日ひたすらに汗を流した。

 突然目の前に金持ちが現れて、ご馳走を奢ってくれたらいいのに。
そんな空想をしながら、今日も石を掘り続けていた。


***


夜。
くたくたの身体を引きずって、バイト先のバーへ向かっていた。
昼から何も腹に入れていないが、飯を食っている暇など無い。
ぐうぅ、と腹が鳴る音を無視して、ひたすら歩いていく。

道中、はた、と気付いた。
いつも財布を入れているはずのポケットに、それが無い事に。
焦った。身体中のポケットに手を当てて探し回った。

まさか、落としたのか。

大した金なんて入っちゃいないけど、それでも無くしたら困る物は入っている。まずい。どこだ。
記憶を辿る。確かに出発する頃にはポケットに入れた筈だ。ここまでの道中で落としたとしか思えない。
慌てて辺りをキョロキョロと探し回っていると、後からやって来た通行人に声を掛けられた。

「もしかして、これかい?」

ばっと顔を上げると、髭を生やした1人の男が立っていた。
そいつはとろんとした垂れ目で僕を見ながら、手に持つ物をひらひらを揺らしている。

「あ……。」

それは紛れもなく、僕の財布だった。
安心からか一気に肩の力が抜けて、ほっと一息ついた。
が、その直後、ずかずかと駆け寄って奪い取るように受け取る。

「金を盗んでないだろうな?」

ギッと睨み付けて問い詰める。
男は眉を八の字に曲げながら笑っていた。

「金は盗ってないけど……、中身は覗かせて貰ったよ。誰のものか確かめる為にね、キャンベル君。」
「ふん。」

確かに財布の中身は何も抜き取られていないようだった。
おおかた僕の身分証明書でも見たんだろう。
マナーの無い奴だ。いけ好かない。
キャンベルは鼻を鳴らすと、礼の一つも言わずにその場を立ち去った。


***


バーに着くと、いつも通り店の裏方でひたすら皿を洗う仕事が始まる。
このバーの店主の男はまだいいが、妹の方がとにかくうるさい。
キャアキャアと客と話す声が常に裏まで聞こえていた。
今日は特別、店主が留守にしているお陰で仕事が忙しいらしく、普段より慌ただしかった。

僕が接客に出る事はまず無い。このまま黙々と皿を洗い続ければ今日の仕事は終わるのだ。
ここの雇い主は酒ばっかりサービスしてくるから、今日も食事にありつけないまま腹を空かせて帰る羽目になるんだろう。

「ねえキャンベル!ちょっと!」

店主の妹が声を掛けてきた。

「酒運ぶの手伝ってくんない?」
「はあ!?」

妹は白髪混じりの茶髪を揺らし、汗を拭いながら言ってきた。

「僕はただの皿洗いだぞ!なんでそんな事しなきゃいけないんだ!」
「頼むよ!運ぶのが追いつかないんだ!手伝ってくれたらその分給料上乗せするからさ♡」

信じられない。ウインクして頼まれたって御免だ。
しかし「給料上乗せ」という単語に心が揺れていたのも事実だ。

「クソッ……今日だけだぞ……。」

渋々皿洗いを中断して、手伝いに向かった。
妹がニコニコしながら酒の乗ったトレイを僕に手渡した。
酒の種類なんて分かりはしないが、強いアルコールの匂いがする。

我ながらとてもバーに出て行けるような格好ではないと思うのだが、そんな事も言っていられないのだろう。
あそこのテーブルね、と指示されたそこに着くと、見た事のある顔と出くわした。

「あっ。」

向こうも僕に気付いたらしく、垂れ目と目が合った。

あいつだ。道で僕の財布を拾った奴。
顔見知りと会うかのように「やあ。」なんて声を掛けてくる。
無視したい気持ちを抑えつつ、仕方なく挨拶した。

「さっきはどーも。」
「ここで働いてたんだ。それにしてはバーテンダーらしくない格好だね。」

嫌味な奴。分かってて言ってんだろ、くそ。
さっさと酒を置いて立ち去ろう、とグラスを掴もうとしたが、手が滑った。
ガタン、と音を立てテーブルにぶつかり、盛大に中身が溢れてしまった。

「うわっ!」

思わず声を上げる。溢れた酒は僕の服をびちゃびちゃに濡らした。
ああもう、最悪だ。心の中でそう悪態つきながら、慌てて布巾を取りに行こうとした。
すると、目の前の男がハンカチを取り出し、僕の体を拭き始めた。

「あーあ、大丈夫?」

男は相変わらず笑いかけてきたが、僕は呆気に取られて何も言えないでいた。

明るい場所で見てようやく気付いたが、男の顔には左目を大きく横切るような傷跡があった。
よく見ると片目の色が違うようだった。オッドアイなのか、義眼なのか分からないが。
ハンカチはどんどん酒を吸っていき、染みだらけになっている。
しかし男は一向に気にしていない様子で、そのまま僕の身体を拭き続けた。

グウゥーーー………

「!」

されるがままになっていた僕の腹から大きな音が響いた。
馬鹿!なんでこんな時に!と自分の腹に怒りたい気持ちでいっぱいだった。
あまりの恥ずかしさに耳まで真っ赤になっているのが自分でも分かる。
男はハンカチで拭く手を止めて、なんでもない事のように言った。

「そうだ、奢ってあげようか。」
「はっ……?」

意味が分からなくて固まってしまった。今、こいつは何て? 奢るだって?僕に? 僕がぽかんとしている間に、男はどんどん話を進めていく。

「お腹空いたんだろ?」とか「これも何かの縁」とかどうこう言いつつ、一通り酒を拭き終わったハンカチを畳んでポケットに仕舞っている。
汚れていることなんて気にも留めていない様子だ。

「ここの仕事が終わったら食べに行こうよ、あそこの店がいいかな。」

怒涛の展開に混乱している僕に向かって、にこりと微笑みかけてくる。
いや、待てよ……。タダ飯だ。
タダで飯を奢ってもらえる。こんなに魅力的な話は無い。空腹のせいか、その突拍子もない提案にかなり惹かれていた。
心の隅では警戒しつつ、ひとまず承諾の返事をした。
それから少しの間、仕事終わりの待ち合わせ時間を決め、キャンベルは再び仕事に戻った。


***


約束の時間になり、店の裏で待っていたらしい男と合流した。
暗い夜道だ。突然襲われるかも分からない、と警戒していたが、男の足取りはしっかりしていて、特に怪しい素振りは無かった。

男は、ホセと名乗った。

案内されるままに辿り着いたそこは、なんというか、いかにもお高そうなレストランだった。
店内に一歩入ると、店員がこちらへ寄ってくる。
上品な身なりで、言葉遣いも丁寧。
明らかに自分とは住む世界が違う人間だと分かった。
なんだこれ、場違いすぎるだろ。
急に不安になってきて、心臓がバクバク鳴っていた。ホセは慣れたように奥の席へと向かい、座った。彼を追いかけるように着いていく。
テーブルを挟んで対面する形で座り、小声で問い詰める。

「おい……、こんな高そうな店だなんて聞いてないぞ。後で高額請求する気じゃないだろうな。」
「まさか。そんな事しないよ。」

彼は冗談に笑うような調子でそう答える。
一見、嘘はついていないようだった。
ホセは手馴れた動きでメニューを開いた。値段が書かれていないのが怖い。

「何でもいいよ。気になったものを頼むといい。」
「そんなこと言われたって……どれがどんな料理なのかも分からないんだけど……。」
「ああ、じゃあ私が好きに注文させてもらおう。」

そう言ってホセは僕の分までメニューを注文した。
一方僕は、彼と店員のやり取りを聞きながら、引きつった顔で頭に?マークを浮かべていた。

数分経って、テーブルには次々と豪華な食事が並ぶ。
見たこともないような豪勢なものばかりが並んでいて、夢みたいな光景だった。
普段の食生活が貧相すぎるから、尚更だ。

ナイフとフォークの使い方もよく分からないまま、おぼつかない動きで怖々と料理を口に運んだ。
信じられないくらい美味しい。今までの人生でこんなに質のいい料理は食べたことがなかった。
口いっぱいに料理を詰め込んで、あっと言う間に平らげてしまった。
その間、ホセはずっとニコニコしながらキャンベルの事を眺めていた。


***


「ありがとう、ございました……。」

その日は食事を終えた後、彼に礼を言って、まっすぐ帰った。

「こちらこそ、ありがとね。」

奢られたのはこちらなのに、何故か彼にも礼を言われた。
なんだか夢みたいな体験をして、不思議な気持ちのまま、寝泊まりしている寮に向かって歩いた。

次の日も、その次の日も、仕事は続く。
早起きして、坑道で石を掘って、それが終われば次は皿洗い。
休みなんて無い。ひたすら寮と職場を往復する。毎日の繰り返しの始まり。
一つだけ変わったことといえば、あのホセが度々バーにやって来ては声を掛けてくる事くらいだ。

「キャンベルー、またあの人来てるよー、」

裏方で皿洗いをしている僕に、店主の妹が声を掛けてくる。
そんなの聞こえないふりをして、無視を決め込んで皿洗いを続けた。

「ダメだ。ありゃ出てこないね。」

ホセと話してるであろう会話が裏まで聞こえてくる。

「はは、じゃあこれ渡しといてよ。」

そう言われて預かったらしい物を、仕事帰りに渡された。
どこかの店で買ってきた食品のようだった。パッケージからしてお高そうな気配がする。

「…………。」

受け取るか迷ったが、開封した跡も無いし、変なものは入っていないだろう、と判断した。
今日も腹が減っている為、ありがたく貰うことにした。


***


来る日も来る日も仕事に明け暮れる日々。
毎日忙しかった。
それでもホセは度々現れて、僕をディナーに誘うのだ。
正直、そんな暇は無い。
勿論タダ飯は嬉しい。だが1分1秒の時間が惜しい。
それでもホセは「空いた時間にでいいよ。30分だけでもいい。」と僅かな時間を見つけては僕に飯を奢りたがった。
何度断っても諦めず、結局僕が折れる事が多かった。
一度、どうして僕なんかを誘ってくるのか聞いた事がある。
すると彼は少し考える仕草をした後、こう言った。

「君の食べっぷりが好き……とか?」

疑問形で返されて、こっちが聞きたいんだよ!と思った。


***


その日は庶民的なレストランに連れて行って貰った。
2回目に食事に行った頃だったか、「あまり高級すぎる店に連れて行かれるのは場違いすぎて息が詰まる」と伝えたところ、少し値段のランクを下げてくれたようだった。
僕は外食なんてほとんどしないから、店はいつも彼が決めていた。どこに行っても料理は美味しく、いつも完食している。
ホセはその様子を見て、満足そうに笑っていた。

会計は毎回クレジットカードを使っているようだ。馴染みが無いせいか、それを見るだけで金持ちなんじゃないかと勘繰ってしまう。
こうやって半ば餌付けのような事をされているが、彼がこんな事をしてくれる理由については未だに疑問だった。
食べっぷりが好き?それだけで、身内でもない人間にこんなに金を使えるものなのか?


***


数ヶ月程の月日が経っただろうか。

ホセは相変わらず僕の元へ通い詰めていた。
彼の誘いももう慣れたもので、最初の頃の緊張も薄れてきた。
彼と過ごす時間は、まあ、居心地が良いと言ってもいいだろう。
彼は紳士的で、こちらのペースに合わせてくれるし、無理強いもしてこなかった。

その日は酒を頼んで、2人揃って呑んでいた。
彼は僕がバイトしているバーの常連客みたいだし、酒が好きなのだろう。
鼻の頭まで赤くなって、かなり酔いが回っている様子だ。
僕の方も、顔が熱くて、頭がふわふわしてきて、かなり酔っ払っている自覚があった。
そんな状態で、ホセにまたあの質問をしてみた。

何故自分にこんなに構うのか。
彼は垂れ目を更にとろんとさせて、ゆっくりと答えた。

「君の食べるところ見るのがさ……好きなんだよねえ。」

まただ。この間と同じ返事。
ホセはうっとりと、夢見がちな表情で続ける。

「ほんとにさ、君のこといいなーって思っててさあ……また食事したいなーって……思ってさ」

普段の彼からは想像もつかないような、甘ったるく、蕩けた声音でそう言う。

「おかねなんてさ………いいんだよ……使わないし……お酒にしか……」

だんだん呂律が回らなくなってきている。
こんなに泥酔した彼を初めて見たかもしれない。
いつの間にかホセはテーブルに突っ伏して、眠ってしまったようだった。

彼の言葉が頭の中を巡る。
いいなーって思っていて。食事したかった? なんだそれ、僕を好き? ?
アルコールのせいで頭が上手く働かなかった。
つまりそれはどういう意味なんだ。
ボーッとした頭で、眠りこけた彼を眺める。
ふと、机の上に置きっぱなしにしてある彼の財布が目に入った。

彼はこれまで何度も食事に誘ってくれたし、声を掛けてくれたけど、僕はこの人の事を余りにも知らなすぎる。
僕が知ってるのは、ホセという名前と、多分金持ちなことと、とんでもない物好きだということ。それだけだ。
髭を生やした見た目と立ち振る舞いから、年上であろう事は伺える。
ファミリーネームすら聞いた事がない。彼からは何も話したりしないのだ。

初めて会った時、彼は僕の財布を覗き見していた。だったらおあいこだよな。
あわよくば大金が入ってたりして……なんて邪な事を考えながら、ホセの財布に手を伸ばした。
中に入っていたのは少しばかりの現金。クレジットカード。それからどこかの会社の名刺?
そして彼の身分証明書。
ホセ・バーデン。
へえ……こんな名前だったのか。
9月24日生まれ、それから……
…………
……あれ?
生まれた年が、僕より……
あ、あれ??
……え?3つ年下?
…………
……嘘だろ?

すやすやと眠るホセの寝顔を凝視しながら、キャンベルの頭は大混乱していた。
衝撃のせいで、酔いはすっかり吹き飛んでしまった。


***


それからというもの、彼の口から零れたあの告白が頭の中から消えなかった。
好き、というか、好意を持っているという意味で捉えていいんだよな、と頭の中で何度も自分に確認した。
当の本人……ホセに会う度に、否が応でも意識してしまうというものだ。
思えば、彼は食事中ほとんど僕の事を見つめては笑っている。
意識してみると、その瞳の奥に、何か熱いものが宿っていたように感じた。
もしかして、そういう意味で見られてる……のか? 
いやいや、まさか。単に食い意地張った奴と思われているだけかも……。
…………。
そんなに熱い眼差しを向けられて、勘違いをするなと言う方が無理な話だ。


***


ホセの事を意識するようになってから、初めて気付いたことがいくつかあった。
彼は稀に手袋をつけている事がある。といっても僕が仕事中に使っているような頑丈なものではなくて、手のラインに沿った、所詮お洒落用のものだろう。
食事の席に着くとそれを外すのだが、左手のそれだけは絶対に外さなかった。
火傷の痕でもあるのだろうか。

それから、彼はけっこう……酒を飲むのが下手というか。
ペースをあまり考えずにガボガボ呑んでしまうところがある。
丁度今のように。

「うぅ……。」

彼が酔い潰れるのを見るのは数回目だ。
最初の頃は格好良く決めて高級レストランなんか連れて行ってた癖に、今ではこんな酒場で管巻いている。
慣れてきた証拠というか、気が抜けてきているというか。

一方僕は、そんな彼をぼーっと眺めながら考え事をしていた。
明日は仕事現場の都合で、午前中が休みになってしまった。
その分給料が減るんだと思うと、たまったものじゃない。
その旨をホセに伝えるか迷ったのだが、そんな事を教えたらきっと朝まで連れ回されてしまう、と思って止めた。

「ううう……」
「ちょっと……大丈夫?」

流石に心配になってきて声を掛けると、彼はゆっくりと顔を上げた。

「んぁ?ああ、うん。だいじょぶ、だいじょうぶれふよ。」

完全に呂律が回ってない。これはもうダメだろう。

「そろそろ帰ろう。これ以上は体に毒だ。」
「あ、あぁ。うん。わかった……。」

フラフラと立ち上がる彼を支え、会計を済ませて、店を出た。
店の外に出てもまだ足元が覚束無い様子だったので肩を貸してやる。

「ほら、しっかり歩いて」
「うん……。」
「このまま一人で帰れる?」
「うぅん…………。」

だめだこれは。
子供に質問してるような気分になる。
ホセは僕の肩に寄りかかって、ぐったりと目を閉じていた。
今までは酔っ払ったとしても、こんな歩けなくなるほど泥酔する事は無かった。
今までで一番酷い酔い方をしている。

どうしようか。彼の家なんてもちろん知らないし、僕が寝泊まりしている寮に連れて行く訳にもいかない。
その辺に放っておく?しかし、その後は?

「……ああもう、クソッ!」

文句を言いながら、ホセの体を支え直した。
近くにホテルでもないものかと探しながら、歩き始めた。


***


やっと見つけたのは、小さなビジネスホテルだった。
受付の仕方が分からず四苦八苦したが、何とか部屋を取ることは出来た。
支払いは、ホセのポケットから財布を探し出して、勝手にカードを使ってやった。

「後で文句言ったって聞かないからな。」

しばらく夜風に当たったお陰か、店を出た直後よりも彼の足取りはまともになってきていた。
部屋に着いて真っ先に、ホセをベッドに放り投げた。 
よく男一人を支えてここまでやって来たものだ。自分で自分を褒めてやりたい。

スヤスヤとベッドに寝そべる彼の隣に腰掛け、一息ついた。
もしもの時は介抱してやらなきゃならないと思ってここまで来たが、この様子なら、道端に放っておいても大丈夫だったかもしれない。
そう思いながら、彼の顔を覗き込んだ。

酒臭い。それから、少し汗の匂い。
彼の体は熱を帯びていて、ほんのりと赤みがさしていた。
男の僕から見ても、端正な顔立ちをしていると思う。
髭はきちんと整えられているし、髪もセットされている。おまけに金だって持ってる。
さぞ女にモテるのだろう。

……しかし実際の彼は、僕みたいな薄汚い貧乏人に付きまとったり、しつこく食事に誘ってくる。
何が楽しいのか分からないが、僕に構いたがる。
一体どういうつもりなんだろう。
どうして僕にそんな感情を向けてくるのか。
あの言葉は、本当なのか。
確かめたい。
知りたいという気持ちが、僕の中の何かを駆り立てた。

横たわるホセの顔の横に手を置くと、ギッ、とベッドが小さな音を立てた。
そのまま彼に覆い被さるように、上から見下ろした。
彼は相変わらずすやすやと眠っている。
無防備だ。まるで警戒心が無い。
ゆっくりと、彼の唇に自分のそれを重ねた。
髭が唇に当たって、少しくすぐったい。
柔らかい感触。そして微かに香水の香り。
心臓が激しく脈打っているのを感じた。
緊張で体が強張っている。
何秒間そうしていただろうか。
やがてゆっくりと体を離し、立ち上がろうとした。
その時、首の後ろにするりと腕が回された。

「キャンベルく〜〜〜ん、」
「うわぁ!!!」

びっくりして大声が出た。いつの間に起きていたんだ!?
慌てて離れようとするが、ガッチリとホールドされていて動けない。
彼は僕を抱き寄せたまま、ニマニマと笑っていた。
酒のせいか、いつもより体温が高いように感じる。

「随分子供みたいなキスをするんだね?」

その言葉に、カァっと顔に血が集まるのを感じる。
恥ずかしさと怒りで頭が沸騰しそうだ。
ホセは僕を抱きしめる力を強めながら、顔を近づけてきた。
そして、今度は彼の方から口付けてきた。

「ンっ……!?」

驚いて目を見開く。
アルコールの味が広がる。
チュ、と音を立てながら、何度も角度を変えて繰り返されるそれに、思考が追いつかない。
僕がしたものとは比べ物にならないくらい、情熱的なものだった。
気持ち良くて、体の力が抜けていく。

「ンッ……ン、フー、……ッ」

息の仕方が分からなくて、自分の鼻息がうるさい。
僕が僅かに口を開いた隙をついて、ぬるっと舌が入り込んできた。
その瞬間、背筋にゾクっと電流のような感覚が走った。
思わずビク、と肩が跳ねる。
すると彼は、僕の首に回した手を移動させて、今度は後頭部を撫でてきた。
口内を弄ぶような動きに翻弄されて、何も考えられなくなる。
こんなの知らない。
脳が溶けてしまいそうな程に、熱い。
逃げる僕の舌を追いかけて絡め取られる。
執拗に擦り合わされて、唾液が混ざり合う音が頭に響いた。

「ふ、ン……、ンッ、っ………、」

息が苦しい。酸素が足りない。
もう限界だと思った時、ようやく解放された。
飲み込みきれなかった唾液が僕の顎を伝う。
ホセはそれを舐めとると、また軽く触れるだけのキスをした。

「はぁっ、はぁっ…………!」

僕は呼吸を整えるのに必死だった。
ホセは僕の頬に手を添え、親指で優しくなぞった。
彼の瞳は潤んでいて、その奥に情欲の炎が揺らめいている。
その視線に射抜かれ、全身が粟立つのが分かった。

「キャンベル君。」
「な、に…………」

掠れた声で返事をする。
彼は少しだけ微笑み、囁いた。

「君が欲しいんだ。」

ドクン、と心臓が高鳴る。
鼓動が早くなるのを感じた。
きっとみっともないくらいに、汗が噴き出しているだろう。

「……いいかな?」

うまく返事が出来ない。
ただコク、と小さく首を縦に振って応える事しか出来なかった。


***


今思えば、仕事帰りに直行して来たのだから、まずは汗を流すべきだった。
そうすればもっと冷静になれていたかもしれない。

「ふッ、ぅ……」

服を脱いでいる間、口寂しいのか、またホセにキスされた。
チュ、チュ、と啄むように繰り返されるそれに、僕の体は反応してしまう。
彼はそんな僕を見て微笑んでいた。

僕は薄汚れた服を下着もまとめて脱ぎ捨て、全裸になった。
キスだけで完全に勃ち上がってしまったそれは、先走り汁を流している。
一方ホセも服を脱いだが、前ボタンを全て外したシャツと、左手の手袋を身に付けたままという、妙な格好だった。
彼のそれもまた、勃起していた。
ふー、ふー、と興奮した自分の息がうるさい。

「男とこういう事したことは?」
「いや、男所帯で暮らしてると……情報こそ入ってくるけど。実際にやったことは無い……。」

正直に打ち明けた。嘘をつく必要も無い。
仕事をサボってヤってる奴らを見かけた事だってある。自分がそっち側になるなんて考えたことも無かったけれど。

「そっかあ。じゃあ私が初めてだ。」

ホセは嬉しそうに言った。
ベッドに横たえられ、上から覆い被さられる。
チャラ、とシャツの下に隠されていたネックレスが、重力に従って垂れ下がった。
それを見つめていると、彼が首元に
顔を埋めてきた。
鎖骨や胸板に吸い付かれる。
きっと汗臭いだろうに、彼は構わず肌に舌を這わせてくる。

「ッ……」

時折チクリとした痛みを感じて、跡を付けられたのだと気付いた。
次第に舌は胸に移動していき、今度は乳首を吸われた。
そんなところ吸ったって、乳が出るわけでもないのに。
突起の周りを円を描くようにして、ゆっくりと舐められていく。
焦れったい刺激に腰が浮く。
やがて彼の舌が、先端に触れた。
ぬる、と温かい感触に包まれる。
そのまま、チュウ、と音を立てて強く吸われ、腰の奥がジンと疼いた。
時折、舌先で突起をぐりぐりと押し潰される。
その度に自分の呼吸が荒くなるのを感じた。
焦らされているような感覚がして、頭がチリチリと焼ける。
無意識のうちに、彼の頭を抱え込むような体勢になっていた。
ホセは視線だけでチラリとこちらを見やると、僕の下半身に手を伸ばしてきた。
そして、勃ち上がったそれを握った。
突然の直接的な快感に、ビクッと体が跳ねる。

「ッ!ぁ、」

声が出そうになるのを抑え込んだ。
ホセはそのままゆっくりと、手を上下に動かし始めた。
裏筋からカリにかけて、絶妙な力加減で擦り上げられる。
その動きに合わせて、僕の口から吐息とも喘ぎともつかない音が漏れ出た。

「はー……、ッあ、ぅ、」

その間も、彼は僕の乳首に舌を這わせたままだった。時折強く吸われて、ビクッと身体が震える。

「……おっきいね。」

ホセがそう呟くと、乳首に吐息がかかった。
思わず腕に力が入る。

「はっ……、ッ、うぅ……」

射精には至らない程の、絶妙な力加減で責め立てられ続ける。
決定的な快楽を与えられないまま、僕はどんどん追い詰められていった。
気持ち良い。でも足りない。もっと欲しい。もっと強い刺激を。
はしたない欲望が頭をよぎる。

「はぁっ………、は、はぁっ……」

呼吸が乱れ、視界がぼやける。
ホセはゆるやかな動きで手を動かしながら、上目遣いで僕の表情を確認していた。
ちゅぱ、と音を立てながら唇が離れると、唾液で濡れた僕の乳首が空気に晒された。
そして僕の腕を頭でぐいぐい押して移動すると、今度はもう片方の乳首に吸い付いた。

「こっちも寂しいよね。」
「はぁっ……!ぅ……」

またあのもどかしい愛撫が始まった。
れろ、と優しく舐め上げられ、また口に含んでちゅうっと吸われる。
一方で、ペニスへの緩やかな刺激も続いている。
二つの異なる種類の快感に翻弄され、何も考えられなくなる。
ホセの髪を掴む手に力が入ってしまう。
彼はそれに気付くと、少しだけ笑みを浮かべた。

「あーっ……はぁっ、あ、あ……」

それから、僕が絶頂を迎える直前くらいまで高められる。
しかしそこで彼は、また緩やかに動かすだけになった。
もう我慢の限界だった。
イキたい。早くこの熱を解放して欲しい。
彼の手の動きに合わせるように、自然と腰を揺らしてしまう。
すると彼は歯を立てて、僕の乳首を甘噛みしてきた。

「あッ………!?」

同時に、亀頭の先端を親指の腹でグリッと押された。
瞬間、目の前に火花が散った。
今までとは違う刺激に、全身が大きく痙攣する。

「あっ……ぅ、あッ……!はぁっ……!」

指でぐりぐりと尿道口を弄られる度、腰がガクガク揺れてしまう。
ようやく訪れた待ち望んだ解放に、頭が真っ白になる。

「あ、あッ​──……!はぁ……あ……ッ、」

どくん、どくん、と精液が溢れ出す。
それらは握っているホセの手を伝い、汚していった。

「はぁーー……っ、はー……ッ、」
「気持ち良かった?」

ホセはそう言って、僕の出したものをべろりと舐めてみせた。
その光景を見て、ゾクリとする。

「んー、苦いね。」

口の中でもごもごさせた後、飲み込んだようだった。
達した後の脱力感に襲われ、ぼーっと彼の事を眺めていた。
あ、シャツの裾に精液が付いてしまった……。
ごく自然な流れで身体を起こし、彼のシャツに手を掛けた。

「ごめん、汚した。」
「えっ​──」

そう言って、バッと彼のシャツを脱がせた。
……彼の左手の肘から下に、義手が露出していた。

「え。」

予想外の物が現れて、間抜けな声が出た。
ホセはバツが悪そうな顔をして、さり気なく義手を隠そうとしていた。
これに気付かれたくなかったのか。
彼が手袋をしっぱなしだったのもそういう事。
正直、手が無いどうこうよりも、手袋さえしてれば気付かない程に最近の義手は精巧なのか……という感心の方が勝っていた。
何だか不思議な気分。
これが、彼の本当の姿なんだ。

「……これ、どうなってるの?触ってもいいの?」

好奇心から聞いてみた。

「いいけど……あんまり触り心地は良くないと思うよ。」
「へぇ……。」

恐る恐る、鉄の手に触れた。
見た目通り、金属特有の冷たさと硬さが伝わってくる。こんなの、間近で見る機会なんてそうそう無い。
しばらく興味津々で眺めていて、ふとホセの顔を見上げた。
彼は困り顔で呆れたような表情だった。

「変な奴。」

…それはよく言われる。


***


結局全裸になってしまった彼の姿を、ベッドに倒れこんで見ていた。
本来ならローションとかを使うタイミングなんだろうけど、生憎そんなものは持ち合わせていなかった。

「ごめんねえ、ゆっくり解すからね。」

ホセはそう言いながら、自分の唾液で湿らせた指を後ろに這わせてきた。
ぬち、と音を立てながら、ゆっくりと中に侵入していく。

「っ、……」

異物が入ってくる感覚に、思わず眉間にシワを寄せた。
痛くはないけれど、気持ち悪い。
内臓を直に撫でられているみたいで、背筋がぞわぞわしてる。
ホセは僕の反応を見ながら、慎重に指を進めていく。
思わず身体に力が入ってしまって、後ろがキュッときつく締まる。
すると彼は緊張を解そうとしてくれてるのか、顔を近付けてキスをしてきた。
ああ、またあのキスだ。彼に口付けられると、気持ち良くて頭が溶けそうになる。
唇を食むように何度も重ねられ、次第に意識はキスの方に集中していった。

とんとん、と彼の舌がノックしてくる。僕はそれに応えるようにして、唇を開く。
すぐに熱いものが侵入してきた。
僕の歯列や上顎の内側の粘膜などをなぞるように、蹂躙される。
僕の方からもおずおずと舌を差し出すと、嬉しかったのか、絡め取られてぢゅうっと吸われた。
意識がそちらに集中した隙に、また指を奥まで進められる。
そのまま抜き差しを繰り返して、徐々に慣らされていく。
何度もそれを繰り返されて、段々と力が緩まっていくのを感じた。

「ふッ……!……ッ……ンッ……」

濃厚なディープキスをされて、僕のペニスはまた緩やかに勃起し始めていた。
指は抜き差しを繰り返し、時折曲げたりしながら少しずつ奥へと進んでいく。
ぐち、ぐち、と音が聞こえる。
彼に舌を吸われている間に、いつの間にか指が二本に増やされていた。
ぐりぐりと指が侵入する度、圧迫感が増した。

「へっ、……はぁーっ……、ン、ぅ」

苦しいはずなのに、何故か甘い吐息が出てしまう。
息継ぎの為に口を開くと、どちらのものか分からない唾液が垂れた。
指は時折ぐるりと回転したり、何かを探るように動いたりしている。
時間をかけながらも、着実に解されているようだった。
指が三本に増える頃には、キスの勢いもだいぶ弱まっていた。
チュ、チュ、とバードキスを繰り返される。
お互い、口の周りは涎でべとべとになっていた。
ふー、ふー、と興奮した息遣いが聞こえるが、これは僕だろうか、彼だろうか。
三本の指は、ある程度中で広げられたりするようになってきていた。

「うん、そろそろ大丈夫かな。」

そう言うと彼は、「抜くよ。」と声を掛けて、指をずるりと引き抜いた。
急な排泄感に、ビクッと腰が揺れた。
はあー……、と大きく深呼吸をする。
本当に彼は言葉通り、丁寧に時間をかけてくれたようだ。
ずっと入っていた指が抜かれたせいか、後孔がヒクッと収縮するのが分かった。

ホセは脱ぎ捨てられた衣類の山をごそごそと漁ると、コンドームを片手に戻ってきた。

「はっ?……持ってんの?」

まさか持っているとは思わず、素っ頓狂な声が出た。
彼は少し照れ臭そうに笑った。

「いやー……はは……。持っとくもんだねえ……。」

それからパッケージを破り、中身を取り出す。
……この人、慣れてんなあ……。

「好きな人に会いに行く時は、一応、ね……。」

といっても、こんなに早く使う事になるとは思わなかったけど……とかゴニョゴニョ言いながら、手際よく装着している。
会いに行く、好きな人、って……まさか。

「え、僕……?」

思わず、独り言みたいな声が出た。
そんなようなうわ言は聞いていたが、彼の口からこうしてハッキリと聞くのは初めてだ。
ずるいだろ、こんなタイミングで。

彼はゴムを装着し終え、僕の両脚を抱え上げた。
そして、ピト……と先端を押し当てられる。
今から、彼とセックスしてしまうのだ。
心臓の鼓動がドクンドクンと激しく脈打つ。緊張と期待が入り混じったような高揚感に包まれる。

「は、はぁっ……、はっ……、は……、」

息が熱い。挿入しようとしているそこから、目が離せなかった。
彼のモノが、ぐっと押し入ってくる。

「ッう!あ…………、」

指で解されたとはいえ、やはりまだキツかった。
それでも、ゆっくりゆっくり、確実に飲み込んでいく。
彼の形を覚えるかのように、中をきゅうと締め付けた。

「っ……、」

ホセが小さく喘いだ。

「っ……、平気かい?痛くない……?」
「はっ、はっ、……大丈夫、大丈夫だから……」

早く進ませて欲しい。そう思って、彼を急かす。
ホセは僕の太腿の裏に手を添えて、グッと体重を掛けてきた。
ぐぷぐぷと音を立てながら、奥まで一気に貫かれる。

「あ゛ッ……!ぅ……、」

衝撃で身体が少し仰け反った。
身体の奥まで犯される感覚。
身体の中がいっぱいに満たされて、苦しくて、でも何だか心地良い。

「はーーっ、はーっ、……あ゛……っ」

僕は必死に息を整えようとしていた。
そんな僕の様子を見て、彼はゆっくりと動き始めた。
僕の中を確かめるように、ゆっくりと抜き差しを繰り返す。

「はっ、はぁっ、あ゛、う、」
「ふっ、う、っ……はぁ、あぁ……」

その度に、結合部からぬち、ぐち、と水音が鳴っている。
最初は違和感しかなかったが、徐々に快楽を拾い始めるようになった。
抜き差しされる度、奥に当たる度、ビリリとした快感が走る。
彼が動くのに合わせて、自分の腰も無意識のうちに揺れていた事に気が付いていなかった。

「はぁっ、あ、あ゛、う゛ぅッ……」

気持ちいい。もっと欲しい。
思考は段々と溶け始めていた。
ふと、ホセの顔を見やると、彼も熱に浮かされているかのような表情をしていた。いつものような余裕は感じられない。
彼は角度を変えて、僕の中の何かを探るような動作をした。
ある一点を突かれた時、目の前に火花が散るような強烈な刺激が走った。

「ッ、あ゛!?っ、えッ!?」

一瞬、意識が飛びそうになる程の強すぎる絶頂感。
ビクッと全身が痙攣して、頭が真っ白になった。

「​─あッ……?あ゛……、えっ……?」

何?何だ?何をされた?

「ここだね。」

彼は僕の反応を見て、先程と同じ場所を、ぐりゅっと強く突き上げてくる。
また視界がチカチカと点滅する。
脳天を殴られたような強い快感に、ビクビクと震える事しか出来ない。

「あ゛ッ!う゛、ぁ…!ひ、ッ!」

触れられてもいないペニスからは、透明な汁がドロドロと溢れ出ていた。もうイってしまってるんじゃないかと思うくらい、ずっと射精が続いているみたいだった。
訳が分からなくて、ただひたすらに混乱していた。
怖い。なんだこれ。こんなの知らない。
こんなに気持ち良くなれるなんて、聞いてない。

「う゛、う゛ーーッ!はぁっ、あ!あぁッ!」
「はっ、あ、はぁっ……!は……!」

自分の口から漏れる声がみっともなくて、思わず自分の腕を噛んだ。ガリ、と歯が食い込む。
ホセは何度もそこばかりを狙ってくる。
トン、とノックするように小刻みに叩いたり、ごちゅごちゅと乱暴に押し込んだり。
その度に、バチバチと脳内に電流が流れる。

「あ゛ぅ、〜ッ!う゛ぅ、ッ!」
「こら、噛むならこっちにしなよ……。」

そう言って彼は、彼がさっきまで着ていたシャツを放り投げてきた。仕方なくそれを口元に持っていって噛み付いた。

「……ッう゛、うぅ……フゥーーッ……!ぅ……!」

すうっと息を吸い込むと、濃い彼の匂いがする。
それすら興奮材料になってしまって、逆効果なんじゃないかって気がした。

「う゛ぅーーー……ッ、う、ッフウッ……!」

猿ぐつわを噛ませたようになりながら、必死に彼の服に食らいつく。
唾液が染み込んでいくのが分かった。

「ぁ、はぁっ……あ、キャンベル、キャンベル、」

名前を呼ばれているのに気付いた時には遅かった。
ごりゅ、と奥の奥を突き上げられて、身体が跳ね上がる。
そのまま、ぐぽっと音が聞こえそうな勢いで結腸を抜かれてしまった。

「ッッッッ……!!!!あ゛、」

あまりの衝撃と快楽で、身体がガクンと大きく仰け反った。
喉を晒しながら、声にならない悲鳴を上げる。
僕の中はぎゅーっと収縮を繰り返して、ホセのモノを強く締め付けた。

「あ゛……………、う゛、ッ……!」」
「ッ、ぅ………!」

びくん、と身体が大きく痙攣すると、ホセも小さく喘いで果てたようだった。
中に熱いものが広がってゆく感覚。ゴム越しでも分かる。

「あ゛、あ、ぁ………あ゛ー……」

腹の上に熱い白濁が広がっていて、そこで初めて射精していたのだと気付いた。
行為中一度も触っていないのに、達してしまった。

「ッ……ふ、ぅ………ッ」

ホセは荒い息を整えながら、ゆっくりと腰を引いた。ずるりと引き抜かれるそれに、内壁が絡み付いて離れようとしない。
ぐぽ、と音を立てて後孔から抜ける瞬間、名残惜しげにきゅっと締まった。
コンドームの先端にたっぷりと精液が溜まっているのが見えた。
彼は慣れた手つきでゴムの口を縛ってゴミ箱に放り込むと、僕の隣に倒れ込んできた。
そして、僕の隣に倒れこむようにして寝転ぶ。
二人とも汗だくになっていた。

「はーっ……はあっ……はっ……」
「は、あはは……ごめん……。」

彼は照れ臭そうに笑いながら言った。

「もっとスマートにやるつもりだったんだけどね……。なんというか、興奮しちゃって……。」
「は、はは……。」

僕はもう笑うしかなかった。
確かに激しかった。
あんな風に求められたのは、生まれて初めての事だ。
お互い深呼吸をして、しばらく無言のまま、天井を眺めていた。


「……あ。」

ホセが口を開いた

「明日の仕事!大丈夫かい!?こんな時間まで……!」

飛び上がって心配そうにこちらを見る。

「あ、……明日は……午前中休みになっちゃって。」
「えっ。」
「教えたら朝まで連れ回されると思って、言わなかった。」

なんだぁ〜……と言いながら再び倒れ込む音が聞こえた。
だからってホテルでセックスする事になるなんて思わなかったけど。
そう思いながらも、どこか嬉しく感じてしまう自分がいた。

「シャツ、多分べちょべちょになってるよ。」
「うん。それは後で洗わないとね……。」

そう言いつつ、二人共疲れて動く気にならなかった。
まだ少しだけ震える手で、そっと彼の手に指を絡めた。
触れたのは鉄で出来た方の手だった。冷たい感触が伝わってくる。
彼の指を握りしめたまま、目を閉じた。


***


目覚めて、サラサラのシーツや柔らかい枕の感触で、自分の生活している寮ではないことに気付いた。

外の光を見る限り、まだ早朝だろう。
隣を見ると、ホセはまだぐうぐう眠っていた。
昨日は酔い潰れるほど呑んでいたのだから、そりゃそうか。
自分の体が汗や色んなものでベタベタなことに気付いて、そそくさとシャワーを浴びに行った。
乳首とか、尻の穴とか、体中のあらゆる所に違和感がある。
おまけに鏡で自分の身体を見てみると、胸元にはキスマークがついていた。
僕は苦笑いして、その痕を撫でてから蛇口の栓を捻った。

風呂から戻ってきても彼は眠ったままだ。
きょろきょろと部屋を見渡す。あとでアメニティをごっそり貰ってしまおうか。
よく見ると、部屋の隅っこにハンガーに掛けられたシャツがぶら下がっていた。
僕が唾液でベトベトにしたアレだ。あの後水洗いして干しておいたのだろうか。
少し申し訳ない気持ちが湧いたが、あんな状態になるほど責め立てた方が悪い。

……一晩経って、やっといつもの調子に戻ってきた気がする
昨日はどうかしてたんだ、本当に。
…………。

仕事に行く前に、一度寮に帰って、着替えて、それから……と今日の予定を考える。
いつも通り、仕事三昧の毎日が始まる。
あー、でもこの人は。
彼はまた食事に誘ってくれるだろうか。
また会いに来てくれるだろうか。
そんな事をぼんやりと考えながら、彼の寝顔を見ていた。
いくら待っても中々起きてこないので、顔をぶっ叩いて起こしてやった。 


***


次にホセに会ったのは2日後だった。
相変わらず餌付けは続いている。
あまり外食ばかりしてると太るんじゃないか?って気がする。
もうすっかり僕のシフト時間は覚えられてしまったようで、仕事が終わる頃にバーの裏で待ち構えているのだ。
その日はリゾットを食べた。
彼は相変わらず、僕の事を眺めていた。

「それじゃあ、また今度ね。」

別れ際に、ホセが軽く手を振りながら言った。
何から何までいつも通りで、この間あんなことをしたのは夢だったんじゃないかと思うくらいだ。
僕は曖昧に返事をした。

ホセは僕が去るのを待っているようで、その場を動かずじっと待っている。
僕は大きく一歩踏み出して、彼との距離を詰めた。
そして、そのまま唇を重ねた。
ほんの一瞬触れるだけの軽いものだったけれど、彼は驚いたように目を大きく見開いて、固まってしまっていた。
彼が何か言うより先に、さっと身を翻す。
逃げるように駆け出して、その場を立ち去った。
耳が熱い。きっと真っ赤になっているに違いない。
背後からホセの声が聞こえた気がするが、聞かなかったことにした。